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はじまりのエピタフ3

ショウグンギザミから首尾よく逃げおおせたヴァレリーとジャックは、溶岩洞内のとある壁の前に立っていた。

「ここが入り口ニャ」
 ジャックはそう言うが、そこにはただ溶岩洞の壁がそびえたつだけである。
 ヴァレリーが疑問に思っていると、ジャックが壁に手を当てて何かを掴むような仕草をした。そして、そのまま手を横へ動かす。すると、あたかも紙をはがすかのように「壁」がめくれて横穴が姿を見せた。

「それはオオナズチの皮か?」
 ヴァレリーはそう尋ねた。霞龍と呼ばれる古龍オオナズチの表皮には、周囲の景色を真似るという奇妙な性質がある。上手く加工をしてやると、その性質は本体から剥がされても残り続ける。

「そうだニャ。他にいくつも秘密の入り口があるニャ。あ、それはしゃべっちゃいけないんだったニャ」
 ジャックが頭を抱え、ヴァレリーに向かって手を合わせる。
「ヴァレリーさん、お願いだから今の話しは忘れて欲しいニャ。しゃべったことがバレると、ボクは姐さんにドギツイお仕置きをされてしまうニャ」
「姐さん……?」
「ボクの村のリーダーだニャ。めちゃくちゃ頭がいいけど、なんだかとってもあやしいところがあるアイルーなんだニャ。オオナズチの皮も、さっきギザミに使った爆弾も、姐さんが交易でどっかから仕入れてきたニャ」
 
 雷の属性を付与された爆弾というものに、ヴァレリーは初めてお目にかかった。この大陸にあるギルドの武具廠(ぶぐしょう)でも、各種属性効果を付与した爆弾の開発は進められていると言うが、実用に至ったという話しは聞いたことがない。
 そうなると、「姐さん」は他所の大陸から雷属性のついた爆弾を仕入れてきたことになる。普通、武具またはそれに類する交易品に関してはギルドが一枚噛んでくるので、おいそれと仕入れられるものではないのだが――「姐さん」なるアイルーはどうやら普通でないようだ。

 普通でないと言えば、横穴を隠すのにオオナズチの皮を使用している点も普通ではない。

 古龍オオナズチは、隠行(ステルス)と呼ばれる特殊な能力を持っている。その表皮には、周囲の風景に対する強力な適応――高度な保護色を作り出す性質があり、まるで消えたようにすら見えるのだ。また、腐食液や毒液なども吐き出してハンター達を苦しめる強敵で、そう易々と倒すことは出来ない。そもそも出現数が少ない――あるいは隠行のせいで出現してても見つからないだけなのかも知れないが――ので素材を入手するのが困難なのである。ハンターでも入手に難儀する貴重な素材を所有している点だけを見ても、「姐さん」なるアイルーが只者ではないことが伺える。
 
「さあいくニャ」
 そう言いながら、ジャックはオオナズチの皮をくぐって横穴へ入った。ヴァレリーもジャックに続く。横穴の中には外からの光は一切入ってこないため、それを補うため壁に一定間隔で小さな光源が設けられていた。しかしながらその光は頼りないことこの上もない。
 ヴァレリーはその光源の正体を探ろうと目を凝らす――あえかに光る麦粒程の水晶が埋まっているのが見て取れた。この光源もおそらく「姐さん」が設置したものなのであろう。アイルー達は夜目が利くので、この程度の光源でも役に立つのだろうが、人間であるヴァレリーにとっては暗闇に等しかった。
 
 このままでは歩くことも覚束ないので、ヴァレリーはカンテラを取り出そうとしたが、採掘を行ってた場所にバックパックを置いてきてしまったことを思い出す。
「ヴァレリーさん、どうしたニャ?」
 ジャックが声を掛けてくる。

「明かりを出そうと思ったのだが、荷物を置いてきてしまった」
「それならあとでショウグンギザミがいなくなってから、仲間に頼んでとってきてもらうニャ」
「すまない。それと、こう真っ暗では上手く進めん」
「あ、気が付かないでゴメンなさいニャ。じゃ、こうするニャ」
 ジャックのそう言う声がしたかと思うと、ヴァレリーの左手にひんやりとしたものが触れる。ジャックの肉球の感触――ヴァレリーの胸に懐かしさがこみ上げてくる。

「すごく久しぶりニャ。今でもヴァレリーさんの手は、やっぱりゴツゴツしてるのニャ~」
 ジャックがしみじみと言った。
「……昔を思い出すニャ」
「そうだな……」
 ――ジャックを間に挟んでミユサが左手を握り、ヴァレリーは右手を握って持ち上げる。ふざけて二人でジャックをそのまま勢い良く宙に放り投げる。いきなりなにをするニャ~とジャックが喚きつつも、華麗に空中で回転して着地を決める。それを見て二人で拍手をする――穏やかで平坦な、しかし何物にも代えがたい時間がかつてあった。

「ニャハ……ニャハハハ」
 突然、ジャックが奇妙な声を出した。
「どうした?」
「て、手がくすぐったいニャッ……!」
 思い出に浸りながら、ヴァレリーの指先はいつの間にか肉球を弄んでいたらしい。
「すまん」
 ヴァレリーは苦笑する。

「くすぐったいけど、イヤじゃないニャ」
 ジャックはそう言うが、その口調はどことなく寂しげだった。ミユサはよくジャックの肉球をつついて喜んでいた。それを思い出したのだろう。
「さ、いくニャ」
 暗闇の中、手を引かれる。引かれるままに、ヴァレリーは歩を進めた。








 左右にくねる横穴をしばらく進むと、出口が近いのか周囲が薄っすらと明るくなってきた。そのまま歩き続けると、程なくして広場のような場所に出た。しかし、ヴァレリーは広場に足を一歩踏み入れた途端、目を閉じてしまう。暗い中を進んできたので、すぐには目が慣れないのだ。
「ついたニャ~。ここがボクの村ニャ♪」
 ジャックの声が弾む。

 やっと目が慣れてきたので、ヴァレリーは視線を巡らせた。あちらこちらにアイルー達の家が建てられているのが見える。木材と大振りな植物の葉、そしてモンスターの皮などを利用して作られた質素な作りの家が、二十軒程軒を並べていた。敷地の中央には丸太で櫓が組まれており、そこを取り囲むようにして小さな屋根のついた竃が幾つも据え置かれている。今は閑散としているが、食事時ともなれば炊事をするアイルー達でごった返すのだろう。

 しかし、ここは溶岩洞の中であるはず――不思議に思ったヴァレリーが目を細めながら天を仰ぐと、岩の天井ではなく火山地帯特有の鈍色の空が見えた。村をぐるりと囲む壁は溶岩洞の岩のままであるが、地面は踏み心地の良い目の細かな砂地になっている。どうやらこの場所は、溶岩洞内に出来た巨大な縦穴らしい。

 少し離れた所で、アイルーの子供達が小さなガミザミを小突き回して遊んでいる。また別の場所では、酒盛りをするアイルー達が見える。ジャックがさっきはありがとニャー、と声をかけているところから察するに、ヴァレリーを助けたアイルー達なのだろう。

 そんなアイルー達の様子を眺めていると、前方から黒いケープを羽織ったアイルーが歩み寄ってきた。
「姐さん。今戻ったニャ」
 ジャックがこちらへやってくるアイルーに声を掛ける。姐さんと呼ばれたアイルーが歩みを止めて軽く頷き、ヴァレリーへと向き直る。艶々とした真っ白な毛並み。青い瞳には高い知性を感じさせる光を宿しており、明らかにその辺りにいるアイルーと醸し出す雰囲気が違っていた。
 
「……私はアニー・ボマー。この村を取りまとめている。この度は、同胞のジャックを助けていただいて感謝する」
 凛とした澄んだ声音。綺麗な発音。しかもアイルー訛りがまるでない。目を閉じれば、人間の女性と話していると勘違いしてしまいそうだ。
「いや。最終的には俺の方が助けられた――ヴァレリー・マグノリアスだ。こちらこそ礼を言う」
 
 アニーはヴァレリーの持つ規格外の盾をじっと見つめた後、ゆっくりと目を閉じた。眉間に軽く皺を寄せ、時折顎を軽く上げたり下げたりする。何やら記憶を手繰っているようだった。
「そういえば……少々変わり者のハンターがいると聞いたことがある。何故かそのハンターは、武器を持たずに巨大な盾だけをもっているとか」
「……」
「基本的には採掘・採取専門だが、他のハンターの「盾役」として狩猟クエストに赴くこともあるらしい」
 ほんの束の間、アニーとヴァレリーの間に沈黙が流れる。

「ひょっとして、其処許は『鉄壁のヴァレリー』と呼ばれている御仁と同一人物か?」
「……何やらそう呼ばれているらしいのは確かだが、鉄壁などとは買い被りにも程がある。その証拠に、つい先刻もショウグンギザミに殺されかけた。それと――」
 アニーの言葉に、ヴァレリーは自嘲を通り越し自虐的とも取れる笑みを浮かべた。
「――武器は持たないのではなく、ただ単に持てなくなっただけだ」
「ヴァレリーさん……?」
 訳が分からない、という顔をジャックがする――無理もない。ヴァレリーは、武器を持てなくなったことも、「あの時」本当は何があったのかもジャックには話していない。話さないまま、ミユサを失って深く悲しんでいたジャックを一方的に解雇した――。

「どうやらいらぬことを言ってしまったらしい」
 アニーが少しだけバツの悪そう声で言う。
「同胞を救ってくれた恩人に対して失礼をした。許してほしい……さあ、ジャック」
「は、はいニャ」
「ヴァレリー殿を客殿へ。丁重に持て成せ」
「わかったニャ」
 こくん、とジャックが頷いた。

「アイルーしかいない所だが、ゆっくりしていくといい」
 ヴァレリーの顔を見ながら、アニーが言う。
「お言葉に甘えて、そうさせてもらおう」
「うむ……。では、また」
 アニーはそう言って背を向けた。


 案内された客殿は溶岩洞の壁の近くに建てられていた。アイルー達の住居と比較してかなり大きな作りで、明らかに人間に合わせた広さになっている。ジャックが、入り口掛けられた紗のような布をくぐって中へ入る。ヴァレリーも後に続いた。
 部屋の中央には切り株で作られたテーブルと椅子が置かれており、壁にはアイルー族のシンボルである「肉球のスタンプ」をモチーフにしたタペストリーが掛けられている。豪奢などという言葉とは縁遠いが、居るだけで心が和むような雰囲気のする部屋だった。

「ここは居間ニャ。右隣が寝室ニャ。そして、離れにはニャンと温泉まであるのニャ」
「温泉か。それはいい」
「火山に近いからお湯がいっぱい出るニャ。もっとも、ボクらはほとんど入らないけどニャ。ヴァレリーさん、カニ汁まみれだから温泉に入って綺麗にするといいニャ。防具とインナーもきれいにしとくニャ」
「すまない」
「その間にボクは食事の支度をするニャ。前よりずっと料理の腕もあがったニャ。ぜひヴァレリーさんに食べてもらいたいニャ~」
 嬉しそうにジャックは言って、食事の支度をするために部屋を出ていった。






 湯につかると、ふう、という小さな溜め息がヴァレリーの口から自然に漏れ出た。何やら草の束のようなものが浮いていたので、ヴァレリーはそれを手にとってみた。どうやら香草のブーケらしい。湯気に混じって立ち昇るやわらかい香りが、疲労した肉体に心地好かった。
 
 温泉のある離れは客殿の裏手にあった。アイルーの村に人間用の客殿――それも温泉など付いている――があるというのも変わっているが、もしかするとアニーが交易相手を接待するのに使っているのかも知れない。
 体が十分に温まったのでヴァレリーは湯から出た。脱衣所に用意されていた部屋着に袖を通し、同様に用意されていたサンダルを履いて居間に向かった。 
 
 居間に入ると、天井から吊り下げられたランタンに灯りがともされているのが見えた。客殿の入り口に掛けられた布をたくし上げて外を見てみると、大分暗くなっていた。ジャックは戻っていない。まだ、調理の最中なのだろう。
 ヴァレリーは隣の寝室に入ってみた。
 居間と寝室の間の壁には特に戸はなく、植物の蔓を編んで作られた目隠し用の衝立があるだけだった。
 寝室にはベッドが二つ置いてあった。二つのベッドの間にはナイトテーブルがあり、その上に置かれた小さなランタンの灯が寝室内をあえかに照らしている。
 
 ヴァレリーはベッドへ仰向けに寝転んでみた。適度に体が沈む感じが心地よい。湯に浸かったせいもあってか、どっと気だるさが襲ってくる。
 目蓋が異様に重くなる。
 訪れる眠りの誘惑に、抗えそうもなかった。


 ヴァレリー……。ヴァレリーってば……。


 意識が闇に溶けてゆく、その刹那。

 もう二度と聞くことは叶わないはずの声を、ヴァレリーは遠くに聞いたような気がした。
 



【続く】

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